父の仇
ロストール王宮の奥、王女ティアナの部屋。
その豪華ながらも品の良い部屋には本来なら到底足など踏み入れられないが、クリスタルはそこに立ち、部屋の主と談笑していた。
出会いは奇妙なものだった。
スラムの幼い少女が依頼してきた悪徳貴族タルテュバに取られた人形を取り戻す案件、探りを入れるうちにこの王女が持ち主になったと知り、冒険者仲間のゼネテスの伝手で王宮の裏口から忍び込んで出会った少女こそがその目的の王女であったのだ。
幸いなことにこの王女は平民への理解を示し、いやむしろ平民と関わりを持ちたいと切実に願っている人種であったため、話はすんなりと進み事なきを得た。そして平民出身で冒険者であるクリスタルにも興味を持ち、部屋に忍び込んでくることを歓迎している。
一方でクリスタルも少女であるから、同い年のお姫さまに興味も憧れもある。この2人は意外にも気の合う者同士であった。

突然、部屋の扉がノックされた。
2人とも驚いて、ティアナはクリスタルを裏口に通じるクローゼットの中に追い立てるように導いた。
「まだお話ししていたいですから、申し訳ありませんが少し待っていて下さい。」
不法侵入者には破格の言葉であろう。
クリスタルは慌ててクローゼットを閉め、ティアナが扉に向かって返事をすると、扉を叩いた本人が姿を見せた。

クローゼットの中で、クリスタルはやれやれと息を吐く。ティアナに会うことは苦ではないが、この待遇は気持ちのいいものではない。
しかしその気分は、次に聞こえたティアナのひと言で吹き飛んだ。
「ようこそ、おいでくださいました。レムオン様」

――レムオン・・・・・・?

「フリントの暗殺を依頼してきたのは、エリエナイ公レムオンだ。」
父を殺したならず者は、息絶え絶えにそう言った。だがロストールを中心に冒険をして時勢に詳しいらしいゼネテスはそれを即座に否定した。
エリエナイ公は薄汚い盗賊なぞに暗殺を依頼するような人物ではない、と。
依頼主からそう言えと言われていたにしろ、エリエナイ公と何らかの関わりがある人物が黒幕である可能性は少なからずあると考えられる。・・・少なくとも、クリスタルにはそれですら仇の手がかりである。
しかしその後、エリエナイ公が黒幕だと決定的になる。
なぜならば、フリントを殺害した盗賊がしきりに求めていた密書にはエリエナイ公の出生の秘密が書かれており、その届け先が彼の政敵であるロストール王妃エリスであったからだ。そんな状況で、エリエナイ公が黒幕でないと否定する方が難しい。

あれが、エリエナイ公か。
クローゼットの隙間からは顔はよく見えない。しかし会話から察するに、思っていたより若く、凡庸な貴族などではないようだ。機転も利く。もっとも、国最大の権力者に真っ向から盾突こうとする人物が凡庸では困るのだが。
思わず脚に差していた短剣に手が伸びる。
しかし、今はまだその時ではない。相手の実力もわからないうちに攻撃を仕掛けて返り討ちにあっては元も子もない。それだけならまだしも、今自分が死んだり牢獄に入れられたりすれば、何よりルルアンタが悲しむ。

そんなクローゼットの中の状況などいざ知らず、レムオンは幼なじみに伝言を伝えると部屋を離れた。
「クリスタル様、もう出てきてもよろしいですよ。」
その言葉に、クリスタルから思わず飛び出した。
「今のは・・・・・・」
「ええ、エリエナイ公レムオン様です。私の幼なじみですわ。・・・・・・どうかなさいまして?」
さすがにクリスタルのただならぬ表情に気付き、ティアナは驚いて尋ねた。しかし幸いなことにその声でクリスタルは我に返り、慌てて笑って見せた。
「ああ、えーっと、素敵な方ですね。つい、見とれちゃって。」
我ながら下手な嘘だ、と思う。
その嘘にティアナはくすくす笑っているが、この聡明な王女様のこと、それが嘘であることくらいは見抜いたであろう。
王女は用ができたことで追い返すようにしてしまうことを詫びながら、それでも一切の詮索はしなかったことがありがたい。お互いの立場上、告げ口もおそらくできないはずだ。

程なくクリスタルは王宮を出て、街へと繋がる坂を駆け下りた。
やっと仇とのはっきりとした接点ができたという喜びと困惑の入り交じった興奮を、それでも抑えることができないくらいだった。
「今に尻尾を掴んでやるわ。お父さん、必ず仇を取るからね。」
クリスタルの呟きは、誰に聞かれることもなく自らの風にかき消されていった。
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