リベルダムの陰謀
その依頼は、ごく簡単なものであった。街の中にある貴族宅に届け物をする、というだけの。
考えてみれば、怪しい依頼であった。
少なくとも冒険者に依頼するような内容ではない。街の中の配達員や、依頼人が貴族ならば(ギルドの親父は有力者と言っていた)小間使いにでも頼めば済むような仕事であろう。
ところが結果はこれだ。きっとセラ辺りにバカにされるに違いない・・・。
「ロティを殺したのはこいつだ、クリュセイス」
そう言ったのは、このリベルダムの有力商人アンティノ・マモンであった。
クリュセイス、と呼ばれた女性は険のある顔をした美女だ。お嬢様特有のおっとりした印象がないのは、一代にして大商人としての地位を築き上げた狡猾な父親の血であろうか。
大商人ロティ・クロイスが殺害された。その容疑がクリスタルにかけられているのだ。
アンティノ曰く、クリスタルが毒の入った酒をクロイス邸に届けた、ということ。
しかし当然ながらそれはギルドからの依頼であり、加えて言うならば荷物の中身も知らない。そして、そもそもクリスタルにはロティを殺す動機などない。
無実なのだから連行されたとてたいした手間でもあるまい、という考えが危険だというのはクリスタルにもわかっていた。特にここは非市民には差別的なリベルダム。連行されたが最後、何が何でも犯人に仕立て上げられてしまうだろう。
かといってここを突破するのも・・・。実力的にできない相談ではないが、それではお尋ね者にされる可能性も大だ。この冒険者の街とも呼ばれるリベルダムでそんな立場になるのも得策ではない。

そんなふうにまさに今クリスタルが逮捕されようかという時、突如、助け船が現れた。
「待ちなよ」
よく聞き覚えのある声だ。この声が共にあって悪い結果であったことがない。
案の定、さっきまで飲んででもいたのだろうか、うっすらと安酒の匂いを漂わせたゼネテスであった。(もっとも、ルルアンタなどはいつも「お酒の匂いが身体に染みついてるんだよぉ」と嫌そうな顔をしてみせるのだが)
「女の子相手に武装した兄ちゃん囲ませて尋問たぁ、感心しねえな」
クリスタルとアンティノ・クリュセイスの間に割って入る位置まで歩んだ。
「何を言う! 凶悪な殺人犯だぞ! 女も何もあるか!」
「ふ~ん、凶悪ねえ・・・。で、こいつが何をしたって?」
アンティノは先ほどクリスタルとクリュセイスに話した経緯をもう一度語る羽目になった。が、さっきよりもなんだかより芝居がかって見える、とクリスタルはふと思った。
しかしこのクリスタルに対して好意的な第三者の介入は、クリスタルにとっては安全牌だ。

アンティノの話が一通り済むと、ゼネテスは興味なさそうに頭をかいた。
「荷物が毒入りの酒だと、よくわかったな。それともなにか、荷物にでかでかとドクロマークでも描いてあったのかい?」
アンティノはその一言で明らかにたじろいだ。
「し、しかし、奴はあからさまに不審だったのだ!」
今のアンタの方が不審よ、とクリスタルは腹の中で呟いた。ゼネテスもそのような表情をなんとはなしに表に出しつつこう付け加える。
「すると何かい。あんたは不審な奴が親友に毒を届けようとしていたときに、何もせずぼーっとしてたってわけか?」
みるみるうちにアンティノはドツボにはまって行く。「遠かった」と言えば、そんなに遠くでどうやってクリスタルを判別したかと突かれ、しまいには「まっ、遠くから毒入りの酒を見分けるくらいだからな」とトドメを刺された。
そばでやり取りを聞いていたクリュセイスは業を煮やし、話に割って入った。
「あなたの言ってることは、この非市民が犯人でないという証拠にもならなくてよ!」
それにもゼネテスは動じない。きっぱりと言い放つ。
「犯人だという証拠にも不十分だな」
その一言にクリュセイスはその美しい顔を悔しさで歪めながら、キッとクリスタルを睨み「覚えてらっしゃい」と吐き捨てると、兵を連れて去っていった。

クリスタルはその後ろ姿から目を逸らしつつ、はぁ、と息をついた。
「ありがとう。ゼネテスさん」
「んー。いやなに、とんだ濡れ衣だったな。 お前さんくらい有名になってくれば、色んな奴がそれを利用しようとするのさ。もう少し有名になればそんなちんけなことに使われなくても済むんだがな」
クリスタルの頭をぽんぽんと軽く叩きながら言う。
もうひとつ、しばらくリベルダムを離れた方がいいとも忠告して、この小さな嵐の去った場から離れていった。
まったく、なんだってこんな目に。クリスタルは緊張でからからになった喉に、水袋から水を流し込んだ。
確かにゼネテスの言う通り、彼女らがこれで諦めたとも考えにくい。やはり先輩冒険者の忠告に従い、しばらくここには寄りつかないようにするか・・・・・・。

しかし何故こんなことに巻き込まれたのだろうか? どこかで恨みでも買い、その腹いせに罠にはめたのだろうか?
どうも動機が腑に落ちないが、やはりしばらくリベルダムを離れることにしよう。時が解決してくれるだろう。

・・・・・・だが、運命はそれほど単純にはできていないことに、あとになって気付くのだ。
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